大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)11775号 判決 1999年6月07日

原告 A野花子

右訴訟代理人弁護士 藤田達雄

同 藤田玲子

被告 株式会社 A野興業社

右代表者代表取締役 B山秋夫

右訴訟代理人弁護士 堂野尚志

同 橋爪健一郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求(原告の求めた裁判)

一  主位的請求

被告の平成七年一二月二六日付け額面株式(一株の金額五万円)四〇〇株の新株発行を無効とする。

二  予備的請求(1、2について選択的)

1  右新株発行が不存在であることを確認する。(平成九年一二月一六日追加)

2  右新株発行により発行された四〇〇株についてB山秋夫(神奈川県《番地省略》)が株主権を有しないことを確認する。(平成一〇年二月九日追加)

第二事案の概要等

一  基本となる事実(争いがない事実及び掲記の証拠により認定できる事実)

1  被告は、平成二年四月二六日、発行する株式の総数を八〇〇株、設立時の発行株式数を二〇〇株、資本金を一〇〇〇万円とし、原告が全額を出資して設立された。現在、本店住所地に所在するE田ビル(地上五階、地下二階)の三階ないし五階において中華料理店「A田」を経営している。A田の店舗の営業は、被告設立前から被告代表者であるB山秋夫(B山秋子の夫)が任されていた。

E田ビルは、原告が六分の三、原告の子であるC川春子(長女)、D原夏子(次女)及びB山秋子(三女)が各六分の一の持分により所有している。

E田ビルを含む東横線B野駅前地域を対象とする再開発事業が協議中であり、B山秋子は再開発協議会の構成員として、B山秋夫はその代理としてこれに関与している。

2  原告がB山秋夫に対して、平成二年七月一七日付けで右二〇〇株のうち一四〇株を七〇〇万円で売り渡したとする内容の契約書が作成され、その効力をめぐって紛争が生じ、原告はB山秋夫を被告として、右一四〇株を有することの確認等を求める訴え(東京地方裁判所平成四年ワ第六三四七号株式所有権確認等請求事件)を提起した。この訴訟において、原告は、右売買契約書はB山秋夫が原告の印を冒用して作成したものであって契約は不成立である旨主張したほか、被告の有している借家権価格四億円を考慮すれば売買価格は非常識なほど低廉であり、原告は右株式の資産価値について誤解し錯誤があった旨等の主張をし、B山秋夫はこれを争った。

平成七年一月二三日、右訴訟の第一審判決があり、右売買が原告の意思に基づいて行われたことを認定したが、原告が、被告の株式が有する潜在的な資産価値(借家権)に思いが及ばず、売買価額について重大な錯誤に陥っていたと認定し、右売買の効力を否定し、原告の請求を認容した。右判決に対して、B山秋夫は控訴した(東京高等裁判所平成七年ネ第三六〇号事件)が、平成八年九月三〇日、控訴棄却の判決があった。B山秋夫は上告したが、平成九年四月一〇日上告棄却の判決があった。

右控訴審において、和解が勧試され、平成七年一〇月一六日には、原告が被告の全株式を有することを確認し、B山秋夫が被告の代表取締役を辞任すること等を骨子とする和解条項が裁判所から提示され、本訴提起時には和解手続が継続されていたが、その後、不調で終わった。

3  平成七年一〇月四日開催の被告の取締役会において、額面株式(一株の金額五万円)四〇〇株を、発行価額を一株五万円、払込期日を同年一二月二五日として発行する旨の決議がされたうえで、同年一〇月二三日開催の被告の株主総会において商法二八〇条ノ五ノ二但書の決議がされ(ただし、原告は出席せず、株主として出席した者は、B山秋夫及び同人から平成四年八月五日に三〇株を譲り受けたと主張するB山秋子の二名であった。)、同年一二月二六日付けで引受人をB山秋夫とする額面株式(一株の金額五万円)四〇〇株の新株発行が行われた(以下「本件新株発行」という。)。

二  原告の請求

1  新株発行無効請求

原告は、本件新株発行には以下の無効原因があると主張し、これを無効とすることを求めている。

(一) 商法二八〇条ノ三ノ二による新株発行事項の公告等を怠った。

(二) 被告の支配を目的として、著しく不公正な方法、価額によって行われた。

(三) 適法な商法二八〇条ノ五ノ二第一項但書の決議を行わずに新株の発行を行い、既存の株主である原告の新株引受権を侵害した。

2  新株発行不存在または株主権不存在確認請求(予備的請求)

原告は、前記1の各事実を総合すれば、本件新株発行は不存在であり、B山秋夫は本件新株発行による株式を取得していない旨主張し、右不存在の確認またはB山秋夫の株主の地位の不存在の確認を選択的に求めている。

三  争点

1  商法二八〇条ノ三ノ二による新株発行事項の公告または通知手続の欠如

(一) 原告の主張

官報による公告は、原告はもとより社会一般の何人にとっても日常的には関知できないものであるから、本件新株発行は商法二八〇条ノ三ノ二の手続を実質的に欠いている。

よって、本件新株発行は、手続上重大な瑕疵があり無効原因がある。

(二) 被告の主張

被告は定款所定の被告の公告方法により、平成七年一二月七日発行の官報に新株発行の公告を行った。よって、発行手続は適法である。

2  発行目的、方法及び価格の不公正

(一) 原告の主張

本件新株発行は、被告の代表者であったB山秋夫が、前記一2、3のとおり、株式所有権確認等請求訴訟の経過を踏まえて、同訴訟に敗訴しても、被告の株式の過半数を取得して被告に対する支配的地位を確保することを目的に行ったものであり、著しく不公正な目的及び方法による新株発行である。和解中に紛争を拡大する行為を行うことは信義則にも反する。また、発行価額も、被告の株式の時価が少なくとも一株六〇万円以上であったにもかかわらず、五万円(額面)という著しく不公正な価額である。

よって、本件新株発行には無効原因がある。

(二) 被告の主張

本件新株発行は、被告の代表取締役であったB山秋夫が、授権資本の範囲内で行ったものであるから、発行目的等の事情に関わらず有効である。また、本件新株発行は、被告の運転資金を調達する目的で行ったものであり、不公正な方法によるものではない。

3  商法二八〇条ノ五ノ二第一項但書の決議の不存在

(一) 原告の主張

(1) 平成七年一〇月二三日開催の被告の株主総会については、総会の招集通知中に、会議の目的事項として、本件新株発行にかかる決議を行う旨の記載がないから、同総会における本件新株発行に関する商法二八〇条ノ五ノ二第一項但書の決議は、違法な招集手続を前提とするから不存在である。

また、当時の株式は総て原告が有していたから、原告の欠席のもとに開催された右株主総会における決議はそもそも不存在である。

よって、右決議を欠いて株主以外のものに新株を引き受けさせた本件新株発行は、株主である原告の新株引受権を侵害するものであり無効原因がある。

(2) 原告は、訴状において、原告の新株引受権の侵害を無効原因として提示しており、本主張は出訴期間内に提示されている。

(二) 被告の主張

原告の主張は、平成八年一二月二五日付け準備書面(第三の項目)を以て、同日、第四回口頭弁論において追加されたものであり、商法二八〇条ノ一五第一項所定の出訴期間経過後に至って追加された無効原因の主張であり、不適法な主張である。

4  本件新株発行の不存在事由の存否

(一) 原告の主張

前記1ないし3の事実を総合すれば、本件新株発行は不存在と解すべきである。

(二) 被告の主張

原告主張の事実はいずれも新株発行を不存在とするに足りない。

第三争点に対する判断

一  主位的請求にかかる請求の趣旨の訂正について

本件主位的請求については、訴状の請求の趣旨において新株発行の日を平成七年一二月二七日として提訴があり、出訴期間経過後の平成八年七月三一日に至り、これを平成七年一二月二六日に訂正する旨の訴状訂正申立書が提出されている。

しかし、被告における新株発行は平成七年一二月二六日のみであるから、訴状の請求の趣旨に記載された新株発行の日は明白な誤記と認めることが相当であり、出訴期間経過後に至ってもこれを訂正することは許されると解すべきである。

二  商法二八〇条ノ三ノ二による新株発行事項の公告または通知手続について

《証拠省略》によれば、本件新株発行においては、被告の定款に定められた公告の方法である官報(平成七年一二月七日発行)によって、必要事項の公告が適法に行われた事実を認定することができる。

右公告の方法が原告において日常的に関知することのない官報によるものであるとしても、右法条の要件を満たしていると認めることに何ら支障はない。

よって、右手続の欠如を理由とする原告の請求は理由がない。

三  新株発行の目的、方法、価格の不公正について

新株発行は会社の業務執行に準じる行為であり、他方、会社と取引関係を有する第三者を含めて広範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があるためその効力を画一的に判断する必要があることからすれば、会社を代表する権限のある代表取締役が授権資本の範囲内で新株発行の手続を行った場合には、当該発行に関する取締役会決議の存否、発行の意図、新株引受人の認識、会社の規模及び株主数の大小等の事情の如何に関わらず、新株の発行は有効となると解すべきである。

よって、本件新株発行について、被告代表者であるB山秋夫が被告に対する支配的地位を確保する意図のもとで行ったことその他の原告の主張する諸事情が認められるとしても、これらの事実によって、本件新株発行の効力が否定されることはないと解すべきであり、新株発行の目的、方法、価格の不公正により本件新株発行に無効原因が存する旨の原告の主張は採用し得ない。

四  商法二八〇条ノ五ノ二第一項但書の決議の不存在について

1  原告は、訴状において原告の新株引受権の侵害を無効原因として提示していた旨主張する。

しかし、訴状中では、原告の新株引受権の侵害についての論及はなく、原告の新株発行差止請求権を侵害する方法による発行であることに論及しているものの、これは、前記第二、三1の事実を評価したものと解されるから新株引受権の侵害の誤記とまでは認められない。

そして、本件記録によれば、原告の右決議の不存在の主張は、原告の平成八年一二月二五日付け準備書面(第三の項目)を以て、同日、第四回口頭弁論において追加された事実を認めることができる。

2  よって、原告の右決議の不存在にかかる主張は、商法二八〇条ノ一五第一項所定の出訴期間経過後になって追加されたものであるところ、新株発行の無効原因の主張は、右法条の趣旨から右期間経過後は追加することが許されないと解すべきであるから、右主張は、本件新株発行の無効原因として考慮し得ず、理由がない。

五  新株発行の不存在事由の存否について

前記第二、三1ないし3において原告の主張する事実を総合しても、本件新株発行を不存在と認めるに足りる事実があるとはいえない。

よって、原告の予備的請求はいずれも理由がない。

六  以上により、本件各請求は理由なしと認め、これを棄却する。

(裁判官 中山顕裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例